こんなん出ました~
どこかで聞いたようなフレーズですが(笑)  観劇レポ、思い出したようなマンガ・アニメ、雑談その他いろいろです。「シャメとゴマのおばかな毎日」たまに更新中(笑)
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「ミュージカルの魅力を語る」 8月10日  その1
特別講座「ミュージカルの魅力を語る」 その1
2008年8月10日(日)13:00~ 名古屋・中日文化センター

講師:演劇評論家、扇田昭彦  ゲスト:鈴木綜馬

長いので。。。。3分割してあります(笑)
言葉は違っていると思いますが、ニュアンスだけでも伝われば・・・

扇田昭彦さんが講師となる・・・はずだった・・・(爆)この講座。
扇田さんのお話も聞きたいし、さらに綜馬さんがゲストとなれば・・・
「行くしかないでしょ!!!」

中日劇場では「エリザベート」上演中。ということで開講となったかと思います。

実は当初、前日から博多に行く予定をしていたので、当日は博多から新幹線で
帰って来て到着はギリギリ・・・の予定が、博多行きが中止になり、自宅から出かけました・・・
が・・・夏ばて気味で起きるのがギリギリ!!!!目覚まし3段階が役に立たず(爆)
ダッシュで用意して、間に合いました~~~ゼーハー

受付で綜馬さんのプロフィールをもらう。
講座ですので、学校のチャイムとともに「開講」
紹介されて綜馬さんと扇田さんが入って来られました。歓声~~~~!!会場の教室は満席・・だったと思いました。

足の高い椅子に綜馬さんが座って・・扇田さん。・・と思いきや、ピンマイクが服に上手く取り付けられていなかったようで、ここでしばし「マイク取り付け」
その間に綜馬さんから
「こんにちわ、暑い中大勢のお客様にいらしていただき、ありがとうございます。。。。。今日の日を待っていた人~~~」
「はーい」、と手を上げる。もちろん!!
「すばらしい」

綜馬さんはハンドマイク。扇田さんのマイクも整い、今日の流れは・・・
「進行役を勤める扇田と申します。私が綜馬さんに質問して答えてもらいます。後半30分くらい質問をお受けしますので・・・」
綜馬さん「いじめないように」
ええええ!!嬉しいけど・・・扇田さんのお話は???

さて、冒頭の「はずだった」とは・・・
ということで「鈴木綜馬、半生を語る」になってしまっていました(爆)

扇田さん(以下・扇)「プロフィールを見ながら・・・」
綜馬さん(以下・・綜)「教材じゃないんですよ」(笑い)

扇「少年時代の話から・・・3年間ロンドンでお過ごしになった。英語が堪能でイギリスにおられた、向こうではどういう学校におられた?」
綜「公立の学校で、何も準備していかなくて『子どもなんだから3ヶ月くらいで突然話せるよえになるよ』と言われたけど全然話せなくて、悲しい少年時代。特殊学級で・・・(笑い) 笑うとこじゃないです(笑い) 一日ずっーと絵を描いていて(英語の勉強をしていた)飛行機の絵を描いて『エアプレイン』といったら『ノー、エアロプレイン』って×だった」
扇「イギリスだから『エアープレイン』じゃバツなんだ」
綜「アメリカに対してのライバル意識がむきだし」
扇「フランス語も習っていたのですか?」
綜「フランス語もやっていたけど、イギリスをいじめたからフランスの国には行っちゃいけないっていうのが洗脳されたのか、フランスには行った事がない」
えーーー??
綜「えーーって『マリー・アントワネット』をやっているのに勉強宇不足だろうって言おうとしている??
(笑い) 「フランスは近くて遠い国?いつか行きたいなと思っています」

扇「帰るときにはしゃべれるようになった?」
綜「そこそこに・・・喧嘩したり・・・教会のうしろでエッチな本を読んでいたのが多かった、そんな3年間・・・ってミュージカル講座なのにこんな話」(笑い)
女性ばかりで男性の方が・・・ちらほら、男性に対して
綜「ありがとうございます。楽しい1時間半をお過ごしください」

扇「玉川大学の付属高校にはいられた・・・演劇部に入った?」
綜「高校に入って、受かったから見に行ったら卒業公演を宮本亜門さんが『ゴッドスペル』をやっていて、。。。 (英語で一節を歌ったて・・・そのあと日本語で) すっげーー高校生ってすごいなーー」
扇「英語でやってた?」
綜「いや日本語で。ライバルに『英語劇部』があった(笑い)、演劇部・・ここに入るしかないなと思って、ラグビー部と掛け持ちしようとしたけど無理で・・・演劇部で『君はいい人チャーリーブラウン』とか『回転木馬』とか」
扇「演劇部ではミュージカルをやっいいた?」
綜「『わが街』とか、モリエールとかやっていて、英語劇部は『コーラスライン』とかやっていてすごいかっこよくて、むかつくーー(笑)どうせ日本人相手で英語なんてわかんないんだろうけど僕はわかっちゃって・・・あっち行けばよかったと思ったけど、でもこれでよかった」
扇「先輩の亜門さんとは付き合いはなかった?」
綜「たまにきて・・・『そこはこんな感じが良いんじゃない?』とか、『みんなよくやっているね』(笑い)この前テレビで見たけどテンション高くて、高校の時と変わらない!!」(笑い)

扇「玉川大学は英語科・・・・演劇科がありますよね」
綜「演劇専攻出た先輩でちゃんと役者をやって食べていっている人ょ見た人がなかった。こんなこと言ったら怒られる(笑)
就職ガイダンスの時に『この学科を出るとちゃんと就職できるんですか?』と質問したら学長達がこんな顔して(返事に困って)、『それは君しだいだろう』と言われた」(笑い)

扇「大学時代はホテルマンになろうとしていたのですって?」
綜「アーサー・ヘイリーの『ホテル』という本がありまして、読んだことあります?」
扇田さんうなずく
綜「良かった、一人いて(爆)『これはホテルマンになるしかない!』。バブルに入って行く頃で、ホテルマンになったら楽しいだろな~~、ホテルが好きで、何をやればいいか、『どこが一番いろんな部署にいけますか?』『ベルボーイだと思います』『じゃあベルボーイやらせてください』。高そうなかばんを見るとすぐ『お持ちします』と言ったり、靴とかばんがキーワードでしたよ」
扇「アルバイトで?」
綜「アルバイトでしたね。そのまま資格とったりしてホテルマンになる道を着々と歩いていた。何かの拍子に違っちゃった」

扇「ディズニー関係の仕事もやっていた?」
綜「ねぇ (ねぇって・・・(笑))  今回のトートダンサーの人達も何人かディズニーランドで踊っていた人もいて、世代が違うんですよ。『綜馬さん。ディズニーランドで働いていたんですか?』。『僕はディズニーランドがまだ工事現場の状態で』『そこで何やるのですか?』『ディズニーランドがこれからできますよって、とーうきょーう、 ディズニーランド♪』
ポーズ作って歌って・・・・拍手~~~~パンと止めていた。
全国のそごうデパート特設会場で『歌って踊れるお兄さん』(笑い)とスクールメイツ・・・懐かしいでしょ(笑い、うなづく人多数)『何のこと?』っていってる人の顔の少ないこと(笑い)それとキャラクターの人たちと全国回っていて、楽しい時間で。
(ディズニーランドへは)まだ舞浜とかなくて、浦安からまわっていって、リハーサルはプレハブの建物でやっていて、舞浜とかなくて、ごはんはホテルオークラさんですごい美味しいご飯を食べながら(笑い)、 とうきょーディズニーランド♪ 
 (笑い・拍手) 
『皆さんこんにちわ、これからディズニーランドがやってきます。ミッキーを呼びましょう、ミッキー!!』とパーッと出てくると、鼻血出しちゃう子がいて、最初どうしようと思っていたけど、2回目からポケットにティッシュを入れておいて、子ども介護をしながら・・楽しかったです。ミッキーマウスが国際スターなんだと実感させられた悲しくも楽しい仕事。(笑い)。
1日5ステージで・・・(へえーーーー) 1回2時間半とかじゃないですよ(笑い) 
30分~40分くらいなんだけど、ジャニーズの人たちの気持ち(爆笑)・・ジャニーズじゃないだろおまえは(笑)すみません」


扇「オーディションで四季に入ったときは大学生ですよね?」
綜「ほとんど方向決まっていたのに、卒業の頃『ねぇももちゃん、受けない?四季のオーディション行かない?』と演劇専攻の人が誘ってくるのですよ。その人は落ちた(笑い)
(オーディションで)『バレエの経験は?』『ありません』『ジャスダンスは?』『ありません』『何しに来たの?』『何しにって・・うっ受けに来ました』『じゃ、歌は?』『習った事ありません。』『あっそーう』『受けちゃいけませんか?』『・・・・(わからなかった)』(笑い)オーディションってこんな扱いをするんだ~ニコニコしていたら受かった(笑い)

家で『受かっちゃったんだけどーーーこれも縁だからやらせてくれない?』といったら
『あれだけ毎日好きで歌っていれば受かるわ』(笑い)親は価値がわからない??OKがでたんだなと『好きな事をやるならうちから出て行きなさい』『へえっ?』第二の試練で、『出まーす』。
夢ばっかりの時代じゃないですか20代なんて、失うものもなくて・・・・」


扇「中学時代から曲も作っていた?』
綜「曲を作るのは好きで」
扇「ピアノは小学生から?」
綜「ピアノはイギリスの家にあったので、習ったりして・・・友達とが曲作るんです。みようみまねで作っていて。バイオリンを習っていたときがあったけど、先生が素敵な音を奏でていて、朝礼で『アマリリス』を弾いて拍手喝采を浴びて、もういいやでやめました」(笑い)

扇「四季にお入りになってどうでしたか?」
綜「根が真面目なので(笑い)居心地は悪くなかったですね。
一家総出でやっている頃で・・・『キャッツ』のオーディションの時に仲間とやるフリーマーケットの日と重なって、時間までフリーマーケットで売っていて『ちょっとオーディションにいって来るから』といったら他の人は1日オーディションために準備していて・・(笑い)
受かったけど動けるけど踊れないから・・・振りをつけてくけた先生から『お前は1拍子だな』といわれて『1拍子って何だ??』と過酷な踊りのトレーニングが数ヶ月・・・1日7~8時間踊っていた。」


扇「最初は本名で、85年から『芥川英司』に」
綜「懐かしい響きですね~」(笑い)
扇「浅利慶太さんが命名なったのですって?」
綜「大阪で『キャッツ』をやっていた時に『ウエストサイド』のトニーをやるからってことで名前をつけようということになって、『劇団四季』をつけてくれた芥川先生と、『三田英司』という浅利さんのお父さんの芸名で、両方死んじゃってるんじゃん・・・(笑い) どうなんだろと思っているうちに、ある日『キャッツ』にいったら『僕の名前がない』芥川英司になっていて、プログラムも名前が変わっていて『すごいなー、早いな』 その日から芥川英司で。。。恥ずかし~~い」(笑い)
扇「芥川比呂志さんは四季にとって恩人のような人で、お父さんとで浅利さんにとっては思い入れかあってつけた名前なんですね。すごく大事にされたのですね。」
綜「とても大事にしていただきました」

扇「良い役ばかりですよね」
綜「『ウエストサイド』の時、祐一郎さんとWでやっていて、日生の舞台の上でどちらが初日に出るのかって時に。。。二人で助け合いながらやっていて、鹿賀さんさんの頃はキーを低くして歌っていたのが、『バーンスタインのキーで歌いましょう』『えーーっ練習してきてないのに・・・』ったら、祐一郎さんと一緒に喉壊して、でも2人で舞台の真ん中で抱き合って『がんばろうね!』と思い出深い貴重な心にしまってある作品ですね。」

扇『ジーザスのシモン、オペラ座の怪人のラウルでそのあとファントムで、」
綜「おかげさまで」
扇「16年在籍して、大事にされて、どうして退団されたのか?」綜「よく、そういう話を・・・・」(ざわざわ)
なかなか鋭い質問です(笑) 「ナイス突っ込み」の声も。
綜「劇団は何本も同時に上演しているので、上演しながら台本4つ持っていて、いつどこでも飛んで行かねばならない、消防士さんみたいで(笑い)酔っ払って帰ってきて、留守電聞いたら『明日の朝一番で名古屋に行ってください』って・・・荷造りもしてないのに・・・そういうことがしょっちゅうで、30代はまだ良いけど、40代には精神的に疲れちゃうのじゃないかなーと。それと自分の人生を自分でプランをたてて行くというのが、人としてこの世に生まれて、・・大切な事かなと。
舞台を見るのも何ヶ月先の予定をくまなきゃいけないってありません?」

扇「あります」
綜「上手く行けば良いけど。。。泣く泣くさばかざることがあるじゃないですか。数ヶ月先の予定も組めないなんて。。。人が人として誰かに責任を持たなくちゃいけない時になったときに・・・そろそろかなーと。 きれいにおさめましたね」(笑い・拍手)
扇も「98年におやめになって、東宝の『エリザベート』なんですね」
綜「ほんとにミュージカル講座座なんですか?」(笑い)


以下・・・続く
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